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乗峯栄一

おう、聖書ならオレも話したいことがある

[写真1]大人しかったゴールドシップ、これがいいのかどうか 【写真:乗峯栄一】

 ちょっとした文章を送稿して、とりあえずほっとして、ビール一杯飲んでいると、ピンポンが鳴る。

「“××の証人”の者ですが、聖書について少しお話ししたいんです」などと言う。

「おう、聖書ならオレも話したいことがある」と勇躍出て行く。新興宗教の勧誘に対して、こんな風に腕まくりして積極的に出ていく家主も珍しいのではないかと思う。

 ジリジリと聖書読んできた。面白いと思う。

 実はお経もジリジリ読んでいるのだが、お経は何というか、読み物としては面白くない。特に、日本の諸宗派が大事にして、葬式なんかで漢音・呉音で読み上げる大乗仏典というのが面白くない。生身の仏陀が感じられない。説教・哲学書としては大事なのかもしれないが、読み物としてはダメだ。読み物として面白くないから、坊さんなんかは、わざと日本人に内容が分からないように漢音なんかで発音するのではないかとすら思う。

 そこにいくと、聖書は面白い。旧約聖書も新約聖書も面白い。しかし読み物として読むと、はるかに古い書物であり、色んな人の手が入っているから、当然色々齟齬をきたしている。それで疑問も沸く。誰かに話をしたり、質問したりしてみたいとつねづね思っていた。

陽皮って何ですか?

[写真2]一番人気ラブリーデイ、GI3連勝を決めるか 【写真:乗峯栄一】

「××の証人は旧約も新約も扱うんですよねえ?」

「あ、はい」

 スーツを着た小柄な男の人で、新興宗教の人としては珍しく謙虚な人だった。

 10年ぐらい前に来た同じ会の人は大変なおばちゃんで“揺るぎない傲慢さ”を持っていた。

「あのイエスが5個のパンと2匹の魚で5千人の空腹を癒したってのは、どういうことですか?」と聞くと、おばちゃん「はい、分かりました」と言って、聖書をこっちに手渡し、「では、そこの部分を声を出して読んでみてください」と言う。

「え? オレが読むの?」

「はい、あなたが読むんです」

「イエスはその五つのパンと二匹の魚を手に取り、天を仰いで神を讃美したのち、パンをさいて弟子たちに渡されると、弟子たちは群衆に渡した。皆が食べて満腹した」

「はい、そこまででいいです」と、おばちゃんはぼくの手から聖書を取り返し、「はい、これで、5つのパンと2匹の魚で5千人の空腹が癒されたのが真実だと分かりましたね」と言う。

「え?」と言うと「ね?」ともう一度念を押してくる。

「はあ?」と言いつつ、ぼくは強引に玄関を閉めた。「こりゃ、ダメだ」と思った。

 しかし今回の人は、結構こっちの話を聞いてくれる。

「昨年末フィレンツェに行った友達がいて “ミケランジェロのダビデは包茎だ、包茎だ、エーイ” って、ぼくはそんなこと聞きたくなかったのに、友達が盛んにそう言ってくるんで仕方なしに、旧約聖書サムエル記をもう一度調べたんです」と向こうが何か言い出す前に喋り出す。こういう話、喋りたいのに、聞いてくれる人がいないからだ。絶好の機会だ。ありがとう、××の証人の人。

「巨人ガリアテをやっつけ、国民人気を集めるダビデに嫉妬したサウル王が“ペリシテ人の陽皮百枚取って来い。そうしたら娘ミカルを与え、次期イスラエル王としよう”と言う。サウルは甘言にみせかけてダビデをペリシテ人と戦わせて戦死させようとしていた。しかしダビデは“ついでだったので陽皮二百枚取ってきました”とサウルに差し出すという、そういう話ありますよねえ? サムエル記に? ね? そこで問題なのは“陽皮”でしょう。陽皮って何ですか?」

 ××の証人の人はすごく真面目な感じで、「あ、え、いやあ」などと言う。

「戦って剥ぎ取るぐらいだから人の皮だろう。でもどこの皮だ? 昔の西部劇では“インディアンは斧で白人の顔の皮を剥ぐ”てな表現をするけど、あんな感じか? でも広辞苑にも大辞林にも“陽皮”は載ってないんですよ。宗教辞典や聖書語句事典にも載ってない。“旧訳聖書・完訳本”の後注にやっと“陽皮”が出ていて、開いてみると“陽皮とは割礼なきペリシテ人たることの証し”とあって“分からんやろ、陽皮って何のこっちゃ!”と怒鳴りました。分かります? 陽皮?」

「あ、いやあ」などと、××の証人の人は言う。

「でもついに分かったんですよ。陽皮とはつまり陰茎亀頭包皮のことなんです。イスラエル人は生後すぐ割礼するから陽皮はないが、ペリシテ人は野蛮だから陽皮をまだ持っている。“陽皮百枚取って来い”という命令は“野蛮なペリシテ人百人殺して来い”という意味なんです。チ○チ○の先っぽの皮のことをサムエル記では盛んに言ってるんですよ。だからミケランジェロのダビデ像が包茎なのは基本的におかしいんです。ダビデは何しろイスラエル人の象徴ですからね。でもこれについても色々調べたんですが、つまりルネッサンス期のヨーロッパには“反ユダヤ”の風潮が残っていて、ミケランジェロはあえて包茎の像を作ったんだという説もあるらしいんです」

 ぼくはまだまだ聖書について語りたかったのだが、××の人は「詳しいんですねえ」とだけ言い、会の冊子だけ置いて帰ってしまった。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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