第22回 クマムシのすべらない話

オニクマムシとワムシ。(画像クリックで拡大)

 クマムシは基本的には水生生物である。そのため、常に水を張った培地で飼育する必要がある。クマムシの飼育培地にはプラスチックのシャーレを使う。だが困ったことに、クマムシはプラスチックやガラスの上を歩くことができない。発達した爪が邪魔となり、上手く歩けず仰向けにひっくり返ってしまうのだ。いったんひっくり返ると、なかなか起き上がれない。これについては、第1回「クマムシ、すべる」で解説した。

 オニクマムシは肉食のハンターだ。ひっくり返ったまま起き上がれなければ、獲物であるワムシをつかまえられない。それは、餓死することを意味する。だから、私たちクマムシブリーダーとしては、なんとかしてオニクマムシがうまく歩けるようにしなければならないのだ。

 そこで先人が考案したのが、シャーレの底に寒天を敷くことだ。ミネラルウォーターのボルビックに粉末状の寒天を入れて熱すると、寒天溶液ができる。これをシャーレに流し込んでしばらく待つと、寒天が固まる。シャーレの底に寒天の絨毯ができあがる。オニクマムシは寒天絨毯の表面にうまく爪を引っ掛けて、歩くことができる。めでたし、めでたし(ちなみに、クマムシの飼育には、ボルビックのミネラルの組成がよいとされている)。

 とも、実は言っていられない。上述のように培地には水を加えなければならないが、この水の量が多過ぎると浮力の影響でオニクマムシがうまく歩けなくなり、ひっくり返りやすくなる。水の量は、なるべく少なめに調節するのがよい。これでオニクマムシは転ぶことなく歩き回り、獲物を捕獲できるようになる。

 だが実は、水量をうまく調節しても、別の原因でまたすぐに転ぶようになってしまう。オニクマムシを転ばせるこの原因については、次回にお話ししよう。

つづく

堀川大樹

堀川大樹(ほりかわ だいき)

1978年、東京都生まれ。地球環境科学博士。慶応義塾大学SFC研究所上席研究員。2001年からクマムシの研究を始める。これまでにヨコヅナクマムシの飼育系を確立し、同生物の極限環境耐性能力を明らかにしてきた。2008年から2010年まで、NASAエイムズ研究センターおよびNASA宇宙生物学研究所にてヨコヅナクマムシを用いた宇宙生物学研究を実施。2011年から2014年まで博士研究員としてパリ第5大学およびフランス国立衛生医学研究所ユニット1001に所属。『クマムシ博士の「最強生物」学講座――私が愛した生きものたち』(新潮社)、『クマムシ研究日誌 地上最強生物に恋して』(東海大学出版部)の著書がある。Webナショジオ「研究室に行ってみた。」の回はこちら。人気ブログ「むしブロ」および人気メルマガ「むしマガ」を運営。ツイッターアカウントは@horikawad