©Josef Fischnaller

圧倒的な人気と実力で現代最高のメゾ・ソプラノの呼び声高いディーバが、英国ロイヤル・オペラ「ドン・ジョヴァンニ」で来日!

 アメリカのメゾ・ソプラノ、ジョイス・ディドナートについてマイナスの話はきいたことがない。オペラ歌手以前に生身の人間であって、誠意と良心をもってまっすぐ語りかける、自然なコミュニケーターであるからだろう。

 今年4月、アラン・ギルバート率いるニューヨーク・フィルと欧州ツアーを行った。パリ、ロンドン他でラヴェルの「シェエラザード」を独唱し、イギリスの有力紙ファイナンシャル・タイムズ(4月20日付)は、「あらゆる言葉が印象派の繊細な色彩に輝き、暗い低音部のメゾ・ソプラノは東洋の危険な誘惑に引き込むものだった。遅めのテンポだったが、これを操れる歌手が一人いるとしたら、それはディドナートだ」と絶賛した。このツアー中、ベルリン・フィルに「ファウストの劫罰」でデビュー。公演前、ベルリンのホテルで待機中に電話して話をきくことができた。

 英国ロイヤル・オペラ来日公演の「ドン・ジョヴァンニ」で歌うドンナ・エルヴィーラは、愛と怒りを併せ持つ複雑な役だ。陰りある低音と煌びやかなコロラトゥーラを鮮やかに対比させるディドナートにはぴったりである。

 「エルヴィーラはヒューマニティにあふれています。正直で気性も激しく、とてもスペイン的です。でもそういう人物描写は音楽と歌詞が十分行っているから、その通りに歌えばいいのであって、演技的には困難なことはありません。声楽的にはたいへんですけれど」

 演技力はいらないということか。しかし彼女の舞台は俳優顔負けの自然な芝居で、その人物がふっと現れたような立体感を感じさせる。演技は特に訓練を受けたのか。

 「正式に勉強したことはありません。音楽と芝居が相互作用すれば、歌いやすく演じやすくなるのです。頼るのは演出家ね」

 ロイヤル・オペラで最後に歌ったのは2014年、ドニゼッティの「マリア・スチュアルダ」だ。美しく傲慢なほどに誇り高いスコットランド女王を、華麗なベルカントで燃え上がる怒りと威厳をもって描き、大絶賛された。

 この一つ前のロイヤル・オペラ出演は2013年、ロッシーニの「湖上の美人」だった。恋を歌う軽やかなコロラトゥーラもパワフルな最後の膨大なアリアも乙女心にあふれていて、リリシズムの極みであった。

 そしてさらに遡って2009年、「セヴィリアの理髪師」の時に事件が起きた。初日の舞台で滑って足を怪我し、この日は松葉杖、2日目からは車椅子で出演したのだ! ピンクのギブスをはめて座ったまま芝居をしながら、見事に全公演を歌い切った。歩けなくても声は滑らかでき生き生きと最高。この気丈さに観客は感動し、感謝を込めて大喝采を送った。

 「しっかりリハーサルをしていたし、出演者は作品を知り尽くしているからお互いへの信頼も厚くて、すばらしい思い出になったわ」

 この時の指揮者がパッパーノだった。ディドナートは彼を語る時には興奮気味になる。

 「マエストロは音楽を輝かせてくれます。でも皆にベストを要求するから、一緒にやっていて安全な状況ばかりは与えてくれません。そして音楽と演劇を後で合わせるのではなく、最初から一つに融合させながら舞台を作っていくのです」

 去年9月、2人はロンドンの名門ウィグモア・ホールでシーズンのオープニングを飾り、空前の大イベントとなった。パッパーノのピアノ伴奏とは贅沢だ。ハイドンのカンタータ“ナクソス島のアリアンナ”で悲劇的に始まり、前半はイタリアもの、後半は往年のアメリカン・ミュージカルを集めたものだった。後半の軽さと頭の柔らかさが2人の共通点、偉大なるコミュニケーターであるゆえんだろう。このリサイタルはCD化される予定。 

 2012年にはオペラの女性役と男性役を歌い分けたアルバム『ディーヴァ・ディーヴォ』が、第54回グラミー賞を受賞した。今年4月には『ベルカント・アリア集~イタリアの輝き』がBBCミュージック・マガジン声楽賞を得ている。来日公演は2002年以来とのこと。しかも外国の歌劇場とは初めてなので、どのような花を咲かせるか楽しみである。

2011年作『Diva Divo』のコメント動画&歌唱風景

 


EVENT INFORMATION
英国ロイヤル・オペラ 2015年来日公演
モーツァルト:『ドン・ジョヴァンニ』全2幕

2015年9月13日(日)東京・渋谷 NHKホール
開演:15:00

2015年9月17日(木)東京・渋谷 NHKホール
開演:18:30

2015年9月20日(日)東京・渋谷 NHKホール
開演:13:30

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:カスパー・ホルテン

出演:イルデブランド・ダルカンジェロ(バス・バリトン)/アレックス・エスポージト(バス・バリトン)/アルビナ・シャギムラトヴァ(ソプラノ)/ローランド・ヴィラソン(テナー)/ジョイス・ディドナート(メゾ・ソプラノ)/ユリア・レージネヴァ(ソプラノ)/マシュー・ローズ(バス)/ロイヤル・オペラ合唱団/ロイヤル・オペラハウス管弦楽団

http://www.roh2015.jp/